2009年7月11日土曜日

フィジーツアー動画 ④ダイビング3日目

<ダイビング3日目>

フィジーツアー動画 ③ダイビング2日目

<ダイビング2日目>

フィジーツアー動画 ②ダイビング1日目

<ダイビング1日目>

フィジーツアー動画 ①プロローグ 

お待たせしました。
これからフィジーツアーの動画を順次アップしてゆきます。
どうぞお楽しみください。

<プロローグ>

2009年3月8日日曜日

フィジーダイビング



山辺校長
海原探険隊の海外遠征ツアーも回を重ね、パプアニューギニア、サイパンに続く今回のフィジーツアーは、なんと現地リゾートで岡本理事長のお出迎え&南国の空の下での昼食会というビッグサプライズではじまりました。

ソフト&ハードコーラルに彩られ、多くの魚たちが舞う水中景観は、素晴らしい透明度で美しく栄え、見ごたえも十分だったと感じています。

しかしドロップオフ環境や潮のかかった中でのダイビング活動について、課題が残ったと認識しています。 より一層ダイビングを楽しんでいただくために、トレーニングの要素を多く含んだツアーもこれから企画してゆきたいと思います。

ご参加の皆さん大変お疲れ様でした。









井出雅代
雨季とは思えないほどの好天にめぐまれて、明るい海、素晴らしいダイヴィングでした。
私としては満足度75%位かな~?
あのマンタが見られていれば90%!
あと10%はもう少し光系が多いといいな~と・・・  永久バディも決まったことですし、来年も楽しみ~
帰りの飛行機の中のことです・・・
後ろの席の二人の女性の会話が聞こえてきました
”サメの餌づけすごかったね~ そのあとに鯨が出るなんて!!
鯨と一緒に泳げるなんて!!!思っても居なかったよね~!”
”何!?”鯨だって?え~~~!!!???(これ私の心の中の声)
大物好きの私は大ショック!!
来年も絶対フィジーに来るぞ!と堅く心に誓ったのでした。


近藤さん
09.2.18 ネイガンズ ロック
3mサイズの単独マンタに遭遇の幸運、腹に3匹の小判鮫を従えて真近の頭上を1周
多津丸プロカメラマンにポーズをとりながら去っていきました。
今年はロロアタからフィジーに移してのダイビングツアー、天候にも恵まれて各ポイントとも透明度25メートル以上(1本を除いて)が確保されたフィジーの海底の素晴らしさには充分堪能できました。
今後の海原探険隊の拠点の有力候補地として推薦したいワナナブビーチリゾートでした。
(今一歩の食事の改善希望つき)
--



敦子姫
成田を出て7時間、暑い太陽、青い空、青や緑のグラディション豊かな海、ダイビングの度に色とりどりの魚たちがいっぱい、またいっぱいもう感激、植物園には、ランの花があふれるように、フィジ-の恵まれた自然の中で美しい色が目に眩しい。




吉田さん
朝は、鏡のような穏やかな海を眺め、夜は、輝く満天の星を眺め、
海では、色鮮やかな魚を眺め、そして囲まれ!  ほんとうに楽しかったです。

山辺さん、たつまるさん、隊員の皆さんありがとうございました。


三津井
私の夢であったフィジーへの上陸。
人生のちょっとした分岐点の選択によっては、フィジーの住人だったかも
知れない島国。 初恋の人に会うような甘酸っぱい期待感での訪問でした。
ダイビングスポットは少し遠いが、透明度の高いクリスタルウォーターにコーラルフィッシュの群れ、お花畑のようなさんご礁、すべて夢のような海でした。
フィジーの人たちの人懐っこさ、笑顔、街中で眼が合うとボラー(ハロー)と声を掛け合うおおらかさ、心の平穏さと温かさで癒されました。
初参加の吉田さん XX回目の誕生日もお祝いしました。 
毎晩のようにローカルの習慣である、カバの儀式にも参加して、だんだんジモティーに変身してゆく気分になりました。
現地の人によるダンスもパプアニューギニアと共通するところを感じ、やはりメラネシアは人種的にも文化的にも同根かと思われました。
でも、街中の商売はほとんどがインド人によって行われており、彼らはフィジー人とは違い、ビジネスライクでドライな感じでした。 将来フィジー人たちがビジネスの場から追いやられるのではないかと心配します。 日本からの距離はかなりありましたが、フィジーの人たちとの距離は、身近でした。
ぜひ、再訪したいものです。

2008年12月8日月曜日

フィジーへ行きましょう

来年2月にフィジーダイビングが計画されています。
ロロアタもゆっくりダイビングを楽しめるリゾートでしたが、フィジーも期待が高まります。
個人的にフィジーには思い入れがあり、いつか訪れないといけないと決めていた場所です、こんなに早く実現できるとは思ってもいませんでした。
もしアメリカ企業に就職が決まっていなければ、フィジーに骨を埋めていたかも知れないので、将来何時の日か、その地に行きたいものだと、ずっと考えていました。

フィジーとはどんなところか ?


米国中央情報局(CIA)は全世界の国々についての最新情報をネットで公開しています、以下は客観的なフィジーについての情報です。

1.人口:931、741人 (2008年7月現在)
2.平均寿命: 男 68歳 女 70歳
3.人種: メラネシア人 57.3% インド人 37.6% その他 5.1%
4.宗教: キリスト教 53% ヒンズー 34% イスラム 7%
5.公式言語: 英語、フィジー語
6.識字率: 93.7%
7.教育: 13年 (小学校から高等教育まで)
8.GDP: 50.79億ドル
9.GDP内訳: 農業 8.0% 産業 13.5%  サービス 77.6%
  労働人口内訳: 農業 70% その他 30%
10:国家予算: 収入 13.63億ドル  支出 13.76億ドル
11.一人当たりGDP: 3900ドル
12.失業率: 7.6%
13.携帯電話使用数: 437,000
14.インターネットユーザー:80、000人
15:HIV感染者数:600人


2006年、QARASE首相が軍のクーデターで追放され、海軍大佐 BAINIMARAMA氏が暫定大統領に就任して現在に至っています。
人口の多数を占めるのはフィジー人(57%)だが、経済を握っているのはインド人(37%)なので建国以来、人種間の対立が続いている。 フィジーは英国の植民地だった時代にインド人を労働者として移住させたことに由来している。

我々が滞在する予定のラキラキについての観光情報は、このURLで得られるので参考にしてください。
動画もあります 動画はこちら



そもそも、私がフィジーで働こうと思っていたのは、トンガ王国にあった最初の日本商社、伴野商会(後の伴野通商)でした。
 伴野商会は1930年代に、伴野権吉と義弟の長島亀代造によって創立された商社(商店)で、主に日本の雑貨商品とオーストラリアの食料品(輸入販売)を扱うファミリー・マートのような性格の流通業だったと思われます。資本金は33万円でスタートし、ニュージーランドを始めフィジ-やサモアにも支店を開設していたのですが、日本軍の中国侵略などで西欧の目は日本の民間企業に厳しかったこともあって、思いのままにはいかなかった、と考えられます。

何時頃なのか不明ですが、フィジー本島のVITI REVU北方(ラキラキ方面)に金、銀、銅などの鉱脈が発見され、それらの採掘が始まったのです。
現在でも、日本の日鉄鉱山(Nittetsu Mining)が採掘権を持ち開発を続けているようですが、伴野商会はこれらの鉱物資源や砂糖などの生産物を日本向けに輸出していました。
フィジーでは産業が砂糖など農産物が中心で、それらを買い付け、外貨を稼ぐ産業は少なく、伴野商会は現地の人々に受け入れられ、高い評価を受けていたのです。
伴野商会の社員達は現地に溶け込み、「バンノ」と言えば誰でもが知っていて、バンノを通じて日本人に好感をもたれたと言う記事が南洋諸島に関する新聞や雑誌に何度も登場しました。
このような記事を目にしたことがきっかけで、伝を頼ってこの会社を探し当て、頼み込んで受験、内定をもらいました。 
残念ながら、私は、その後事情があり伴野通商への就職を諦めアメリカの会社に入った訳です。
この度フィジーに行くことになり、改めて情報を調べてみた結果、なんとラキラキ・エリアはこれらの金鉱脈の回廊に位置することが分かり、びっくりしているところです。
伴野通商はその後、業績が悪化し安宅産業、兼松などに吸収されて消滅しました。
もしあのまま伴野通商に入っていたら、きっと、現地に土着化して多くの子孫を作っていたかも知れません。

            

2008年9月19日金曜日

沖縄ダイビング行

9月に1ヶ月遅れの夏休みを取り、家族(女房、息子一家4人、娘)7人で、沖縄へ行きました。
私はもちろん毎日ダイビングを、子供たちや孫は、海水浴を目論んでいたのです。
ところが、出発の日まで、連日猛暑で水不足を訴えていた沖縄諸島に突然台風13号の発生が伝えられました。
それでも、台風はまだ、フィリッピン沖で、沖縄まで相当距離もあり、我々が居る間は大丈夫だろうと高をくくっていました。 ところが、沖縄に到着すると、空はどんより曇っているし、時折激しい豪雨が集中的に降ってくるのです。 お願いしていたダイビングショップの人は、波が高く、ボートダイビングは、今週一杯無理だろうと悲しいことを言います。
到着した翌日の午前中に、ビーチダイビングなら風裏のポイントを選んで潜れるのではないかとのコメント。一も二もなく、「それ行こう」ということになり、本部の手前からビーチダイビングを敢行しました。
瀬底島手前にある崎本部のゴリラチョップ岩と言うポイントです。
遠浅の海を岸からばちゃばちゃ百メートル程泳いで、ようやくダイブする。 最深度で10メーターくらいの浅い海でした。 潜ってみると、この辺りのサンゴ礁はひどい状況。 サンゴ礁の死骸が黒い岩礁のようになっていて、所々に小規模なサンゴが生えているだけ。
荒い目の籠でおおってサンゴの移植も試行されているが、ほんの小規模でとてもサンゴ礁を再生できるレベルではない。 籠でサンゴを覆うのは、ブダイの仲間がサンゴを食べないようにしているそうだ。
必然的に魚影は濃くないし、透明度も(これは台風の影響で海底の砂を波が巻き上げているせいもあるが)良くない。
世界有数のダイビングスポットであるケラマ諸島も、同じような状況で、昔の面影はもうないと言われている。 これだけの規模で死滅したサンゴ礁を人手でリカバリーするのは至難の業だろう。
ダイバーの手で細々とサンゴの再生活動をするだけでは、とてもじゃないが空しい感じがする。
こんな海の状況でしたが、しつこく同じポイントで2本潜りました。 でも、時間が経つにつれ海況はますます悪化、1週間も滞在したのに、ダイビングは結局これだけでした。

ダイビングはダメでしたが、今回初めて沖縄でのB&B(Bed and Breakfast)滞在を経験しましたので、ご紹介します。
場所は、名護市の新興住宅地で、海の見える高台に最近建った2階建てのお宅。 ご夫婦で内地から移住された方の自宅ですが、客用スペースとしては、2階にベッドルーム(エクストラベッドを入れて3人が宿泊)、1階和室に息子の家族4人が宿泊しました。 これが最大の宿泊可能人数ですが、1階、2階共大人二人用の設定になっています。 オーナーは1階に夫婦の部屋をお持ちでした。
B&Bですが、我々は孫達もいるので、朝食はめいめい自分達で準備しました。ちなみに1週間のうち2度の夕食は自炊でした。料理が苦にならない人は、自炊がいいかも知れません。 近所の道の駅で、取れたばかりの新鮮な魚や野菜がとても安く手に入ります。自炊の方が、下手に外食するより美味しいものが食べられます。 
また、オーナーのご主人もダイビングをされるので、近所のダイビングショップと親しく、親身になって相談に乗ってくれました。 新しい建物なので、すべての家具、設備が新しく、孫達や、ダイビング帰りの装備などで汚すのが憚られる感じがして、ちょっと気を使いました。
雰囲気としては、別荘を借り切っているような気分で、ホテルとは異なった感覚がします。

このB&Bにご興味のある方は、こちらからどうぞ